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依月は≪はるなペットクリニック≫で働きはじめたばかりの獣医師。ある日、傷ついた仔猫を抱き飛び込んできたヤクザ風の男・鷲崎に「それでも獣医のはしくれか!?」と叱責されてしまう。無口で強面な男に戸惑っていた依月だが、仔猫を見舞いに通ってくる男の秘めたやさしさに、やがて気づきはじめる。しかし不意に交わしてしまったキス以来、なぜか鷲崎を意識してしまい…。そして次第に鷲崎と過ごす時間に執着している自分に気づいて――!? ヤクザ風な強面・鷲崎×奥手な獣医師・依月のファーストラブ! 大満足の書き下ろし有!
恋シリーズ文庫化★第一弾!!
著者:妃川 螢 イラスト:実相寺紫子 |
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チラリと時計を確認したら、まだ五分しか経っていなかった。
毎日のこととはいえ、気が重くて憂鬱でたまらない、依月にとっては拷問のような時間だ。
「兄さん、早く帰ってこないかな」
呟きとともに大きなため息をついて、パソコンの画面に視線を戻す。
あと三十分ほどで、兄が戻ってくる予定になっている。
それまでは、自分ひとり。
それが不安で不安でたまらない。
「……ダメだな」
そう呟くのも、もはや日課。
それでも、手だけは動かさなくてはならない。勤務時間内にボーッとしていられる余裕があるほど暇な仕事ではないのだ。
依月が視線を向けるパソコンの画面に表示されているのは、顧客データを兼ねたカルテ。
だが、画像欄に表示されているのは、人間の顔ではない。
今はたまたまフェレットだけれど、犬だったり猫だったりウサギだったり。ときには掌サイズのハムスターだったり、愛嬌のある顔のイグアナだったりもする。
ここは動物病院。
もともと亡父が開いていた病院を、兄が引き継いだ。《はるなペットクリニック》は、近所でも評判の腕利き獣医だ。犬・猫はもちろん、フェレットやハムスターといった小動物以外のエキゾチックアニマルまで診療可能な獣医は、実はそれほど多くはない。
その評判を聞きつけて、遠方からも患者がやってくる。
でも病院自体は個人経営のこぢんまりとしたもので、そこで働いているのは院長を務める長男・静己と次男の依月、ときどき受付を手伝ってくれる獣医学部に通う三男の皇貴の三人だけ。家族経営の小さな小さな動物病院だ。
そこで依月は、兄の治療の手伝いをしたり、受付や会計をしたり、こうしてカルテの整理をしたりしている。
でも依月は、AHTでもなければ、ペットカウンセラーでもグルーマーでもない。
そういった一面も持ってはいるけれど、でも本職は別にある。
この春、依月は獣医学部を卒業し、国家試験に合格して、この病院に勤めはじめた。れっきとした獣医だ。
午前中の診療時間は十二時まで。当然ながら十二時ぴったりに終われるわけもなく、休憩がとれるのは、いつも午後の一時過ぎだ。その間に交代で昼食をとる。その休憩時間も、手術が入れば消えてなくなる。もともと昼間の休診時間というのは、そうした診療時間内にできないことをするために設けられたものであって、基本的に休む時間などない。午後の診療は四時から。午前中同様、定時に終われるわけもなく、最後の患者を見送り、それから片付けや入院患者の世話をして、ホッとひと息ついたときには午後九時を回っているのが日常だ。
就職したばかりの獣医など、見習いでしかない。
雑用から何から何まで、全部やらなくてはならない。
でも、獣医としてこの場にいながらも依月がその知識や技術を発揮できないでいるのは、それが理由ではない。
もう一度、時計を確認する。
兄が戻ってくる予定時刻まであと十五分。
この十五分が、長いのだ。
この十五分を不安に感じてしまう、それが、依月のため息の要因。
獣医でありながら獣医らしい働きをできないでいる、自分自身への苛立ちがこもった深い深いため息だ。
――はやく……っ。
この十五分が、早く過ぎてくれることを願ってしまう。
そんな自分が不甲斐ないのに、でもどうにもできなくて……。
カチッと、時計の長針が進んだ。
そのとき……。
「すみません!」
自動ドアの開く音とともに大きな声が聞こえて、依月はビクリと肩を震わせた。
同時にドクンッと心臓が跳ねる。
「は、はいっ」
返す声が上ずって、あたふたとしてしまう。しかしその直後、依月の心臓は、さらなる動揺を感じて、跳ね上がった。
「お願いします!」
駆け込んできたのは、ワイシャツにベスト姿の大柄な男。
だが、男の顔を確認する前に、依月の視線はその腕のなかへと注がれていた。
男は、上質そうな三つ揃えのスーツのジャケットを脱いで、それに何かを包み、腕に抱いている。濃い色の生地の一部が、さらに濃くくすんだ色になっていて、それが血液による汚れだということに、依月はすぐに気づいた。
ジャケットに包まれているのは仔猫。
生まれてまだ二カ月ほどだろう、やせっぽちな三毛猫だった。
「車の前に飛び出してきて……ブレーキを踏んだのですが、間に合わなくて……」
重い声。
依月もそれほど小柄なわけではないはずなのに、ずいぶん高い位置から声が聞こえて、思わず視線を上げた。
――……っ!?
先ほどとはまた違う動揺が襲って、依月は息を呑む。
屈強そうな肩、濃い眉の下の据わった眼差し、黒く艶やかな髪はサイドをゆるく流すように整えられ、なんともいえない雰囲気を醸し出している。
――ヤ、ヤクザッ!?
咄嗟に脳裏を過った単語は、そんなわかりやすいものだった。
剣呑な光をたたえた眼差しに見据えられ、依月は震え上がって身体を強張らせる。だが、逃げることも隠れることもかなわなかった。何より、目の前には傷ついた動物がいるのだ。
動揺のあまりただでさえおぼつかない足が、ますます凍りついて完全に固まってしまう。
呆然と見上げるばかりの依月に業を煮やした男が、険しい顔に今度は怒気を漲らせた。
「ボーッとするな! 早く医者を呼べ!」
その怒声にハッと我に返り、
「こ、こっちへ……!」
慌てて診察室の引き戸を開け、男と仔猫を招き入れる。
その奥の処置室の診察台の上に下ろし、仔猫を包んでいたジャケットを広げると、痛いのだろう、仔猫が悲鳴のような唸り声を上げた。
「ひどい……」
サーッと、血が下がる。
指先が冷たくなって、震えがきた。
「……君がここの獣医なのか?」
頭に、あきらかに「まさか」とつく言葉をかけられて、依月は唇を噛み締め、小さく頷いた。
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楽しみにお待ちくださいね♪
★発売予定★
第二弾 恋をしただけ 2011年12月16日発売予定
第三弾 恋におちたら 2012年4月16日発売予定
第四弾、第五弾も順次発売いたします。お楽しみに♪